農薬の「基準」は本当に安全?見えにくいリスクと科学的な現状
「農薬は基準内なら安全」「残留量はごくわずかだから問題ない」そんな声をよく耳にします。
実際、農薬の登録・使用には国の安全基準が定められており、制度の上では基準をクリアした農薬のみが使用を認められています。
けれど近年、その「安全基準」そのものへの疑問に加え、基準が実際に守られているかという点にも関心が向けられるようになっています。
なぜ、基準を守っているはずなのに「不安」を感じる人がいるのでしょうか?
そこには、現行の評価体系が抱える課題と、科学的に解明が進んでいる部分・まだ不確かな部分があります。
今回はその背景について解説します。
農薬の「安全基準」はどうやって決まるのか
農薬の基準は、動物実験で得られた「この量までは健康に影響が見られない」とされる無毒性量(NOAEL)を出発点にしています。
そこに、動物と人間の種差(×10)と個人差(×10)を考慮して、通常100倍の安全係数で割った値が一日許容摂取量(ADI)です。
ADI = NOAEL ÷ 安全係数(通常100)
ADIは「人が生涯にわたり毎日摂取しても健康に影響を及ぼさない量」として用いられます。
なお安全係数は試験データによっては500や1000などより高い値が使われることもあります。
また、一度に大量摂取した場合の急性影響を評価する指標として急性参照用量(ARfD)も設定されており、日本でもARfDを考慮した残留基準の見直しが順次進められています。
農薬が市場に出回るまでには、急性・慢性毒性試験、発がん性試験、環境影響評価など、多くの審査をクリアしなければなりません。
それでも近年、「その基準だけで十分か」という議論がある理由が、いくつかあります。
複数の農薬が合わさったときの影響は?
スーパーなどで販売されている一般的な野菜・果物には、微量ながら複数の農薬が残留している場合があります。
こうした農薬が、複数の食品を通じて少しずつ体内に取り込まれる現象を複合曝露(cumulative exposure)と呼びます。
問題は、個別の農薬が基準内でも、それらが組み合わさったときの累積・相乗作用が十分に解明されていない場合がある点です。
この課題については国際的にも認識されており、複合曝露のリスクを評価する手法の整備が各国・国際機関で進められています。
ただしカバーできる農薬の組み合わせや毒性の種類はまだ限定的であり、発展途上の分野です。
すべての人にとって”同じ安全”とは限らない
ADIの算出には安全係数として個人差(×10)が組み込まれており、性別・年齢なども考慮されています。
ただし、以下のような集団では追加的なリスクが懸念される場合があります。
- 体の小さい子ども(体重当たりの摂取量が相対的に多くなりやすい)
- 妊娠中・妊娠を希望している女性
- 免疫機能が低下した高齢者・療養中の方
- 肝機能・腎機能が低下している方
特に、発達途中の神経系に影響する可能性が指摘されている農薬については、子どもの摂取リスクをどう捉えるかについて現在も研究が進められています。
「基準内であれば誰にとっても等しく安全」とは言い切れない面があることは、科学的にも認識されている課題です。
国によって基準が違うという現実
農薬の「安全基準」は国によって異なります。
たとえばEUでは、ミツバチへのリスクを根拠として一部のネオニコチノイド系農薬の屋外使用を禁止しています。
一方、日本ではそれらを含む複数のネオニコチノイド系農薬が現在も使用可能です(※2025年時点)。
なお、EUでもすべてのネオニコチノイドが禁止されているわけではなく、種類によって扱いが異なります。
このような国際的な違いは、同じ科学的証拠に対して「どのリスクをどれだけ許容するか」という判断基準(予防原則の適用範囲など)が異なることによるものです。
どちらが「正しい」かを一概に言うことはできませんが、基準が国際的に統一されていないという事実は、消費者にとって情報収集の重要性を示しています。
環境への影響
農薬は使用された場所以外にも広がり、さまざまな生きものや生態系に影響を与えることが報告されています。
- ミツバチなど受粉を担う昆虫の減少
- 土壌・水系への成分残留
- 周辺の野生動物や土壌微生物バランスの変化
こうした影響は国内外の研究で多数報告されており、農業と環境問題が密接に関わっていることは科学的なコンセンサスとして広く認められています。
監視体制の現状と限界
安全基準が整備されていても、農家が実際にその基準を守っているかどうかは別の問題です。
法的な枠組み
農薬の使用ルールは農薬取締法によって定められており、無登録農薬の使用や、登録された農薬を登録外の作物・用量で使うことは違法です。
2002年には全国44都道府県・約4,000戸の農家が無登録農薬を購入・使用していたことが発覚し、この事件を受けて法改正により規制と罰則が大幅に強化されました。
現在の検査体制と結果
農林水産省は毎年、農家の農薬使用状況と生産段階での残留量を調査しています。
直近の結果では、令和4(2022)年度・令和5(2023)年度ともに調査した約470検体すべてで残留基準値の超過はありませんでした。
一方、平成30(2018)年度には2検体で基準値超過が確認されており、うち1件は農家が「使用量を正確に計量せずに基準より多く使用していた可能性がある」と報告されています。
意図的な違反よりも、計量ミスや使用方法の誤りによる非意図的な超過が多いとみられています。
監視体制の限界
ただし、この調査には以下のような構造的な限界があります。
- サンプル数が少ない:毎年の調査対象は全国で約470〜480戸であり、日本全体の農家数(数十万戸規模)のごく一部にすぎません
- 自己申告を含む:使用状況の調査は農家への聞き取り・記帳確認が中心であり、意図的な違反の発見には向いていません
なお、生産段階の調査とは別に、厚生労働省や都道府県による流通段階の残留農薬検査も実施されており、店頭に並ぶ食品を対象とした監視も行われています。
ただしこれも抜き取り検査であり、すべての流通品を網羅するものではありません。
つまり、生産・流通の両段階で監視の仕組みは整備されているものの、いずれも抜き取り検査である以上、「すべての国産農産物が確実に基準内」であることを証明するものではありません。
私たちにできること
こうした限界を踏まえた上で、消費者が取れる選択肢のひとつとして、生産者と直接つながる方法があります。
ノカノワは、そうした「生産者と消費者が直接つながる場」のひとつです。
農家さんのこだわりや方針を知った上で選べるよう、今後も様々な農家さんを紹介していきます。ぜひご覧ください。
食品安全委員会「食品の安全性に関する用語集(ADI・安全係数)」
https://www.fsc.go.jp/sonota/kikansi/37gou/37gou_6.pdf厚生労働省「食品中の残留農薬等」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/zanryu/index.html農林水産省「国内産農産物における農薬の使用状況及び残留状況調査の結果」(各年度)
https://www.maff.go.jp/j/nouyaku/n_monitor.html農林水産省「無登録農薬問題の経緯について」
https://www.maff.go.jp/j/nouyaku/n_sizai/mutoroku_keii.html